私は、「断捨離」という言葉が、昔からどうも好きになれません。
考え方そのものを否定したいわけではありません。
現在の私は、実際にモノを減らして暮らしています。それでも、引っかかるものがあります。
「捨てる」という言葉の強さです。
人間には、集める本能があります。私は勝手に「コレクション脳」と呼んでいます。
学生時代から―20代だった90年代。プレ・ネット時代は、CD、DVD、ビデオ、雑誌、本、楽器…。普通の行動として、積極的に「集める」生活でした。それは私だけではないと思うのです。
ネットもない時代、情報を得るには雑誌、書籍を買うしかない。音楽はCDを買うか、ビデオ録画しかない。映画はビデオかDVDを買う(借りる)しかない。集めるには借りて、円盤メディアにコピーするしかない。欲しいものを見つけたら「今買わないと手に入らないかもしれない」。そんな時代でした。古本屋で見つけた時のうれしさ。普通の行動でした。
◆写真- 整理前・整理中の様子。このほかにも、まだまだありました

「断捨離」は、もっと深い言葉。調べてみると、「断捨離」はヨガの考え方が元になっていて、「入ってくるものを断つ」「不要なものを捨てる」「執着から離れる」。つまり、本来の主役は「心」なんですね。捨てることが目的ではなく、執着を手放して心を軽くすること。そこに本来の意味があります。
でも、世間では少し違う意味になった。テレビやSNSでは、「軽トラック一台分処分!」「全部捨てました!」。そんな演出をよく見かけます。世間に広まる過程で「部屋をスッキリさせる魔法の片付け術」として消費されました。もちろん、それで救われる人もいるでしょう。
私は、どこか違和感を感じます。そのモノを買った時の気持ち。探し回った時間。大事に使ってきた思い出。そういうものまで、一緒にゴミ袋へ入れてしまうような気がしてしまいます。
日本には「もったいない」という文化があります。「捨てる」という言葉だけが前に出ると、雑に聞こえてしまうのでしょう。「手放す」の方が良いのかもしれません。
役目を終えたモノに感謝する。必要な人へ譲る。売る=捨てるとは違う。寄付する。次に使ってくれる人へ渡す。そんな循環を考えることは、モノへのリスペクトではないか、と考えます。
しかし、処分すべき、またそういう発想の転換は必要です。私も実際に、たくさん「処分」しています。
CD DVD・ビデオ 本 記録メディア 衣類 家具 収納ケース 楽器・機材 家電 書類 ノート・用紙類 カバン… まだまだあります。書ききれません(笑)。
でも、一つだけ忘れたくないことがあります。
モノを減らすことは大切です。それでも、買ったときのワクワク。長く付き合った時間。
役目を終えた感謝。それだけは、忘れたくありません。
だから私は、「断捨離」という言葉より、「手放す」という言葉のほうが好きです。
できることなら、捨てるのではなく、売る。譲る。寄付する。次に使ってくれる人へ渡す。
モノへのリスペクトを忘れずに、手放していきたいと思っています。
次回からは、CD、本、DVD、収納ケース……。
私が実際にどうやって手放してきたのか、その失敗談も含めて書いていこうと思います。


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